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飲食店のインバウンド集客|器としつらえで「日本らしさ」を設計する

  • 2026-05-01

インバウンド集客について書かれた記事を読むと、書かれていることはほとんど同じです。

多言語のメニューを用意する。無料のWi-Fiを整える。キャッシュレス決済に対応する。海外の予約サイトに掲載する。口コミを集める。地図アプリの情報を整える。

どれも必要なことです。すでに実施されている施設も多いでしょう。

ただ、これらはすべて「見つけてもらい、予約してもらい、決済してもらう」ところまでの話です。来店した訪日客が、席に着いてから何を体験するのかについて書かれたものは、ほとんど見当たりません。

この記事では、そこから先を扱います。器としつらえで、何をどう設計するかという話です。

【結論】インバウンド集客の勝負は、見つけてもらった後に移っている

先に結論をお伝えします。

予約システムや多言語対応は、いまや差になりません。どの施設も整えているからです。整っていない施設が不利になるだけで、整えたからといって選ばれる理由にはなりません。

差がつくのは、来店した後です。

訪日客が日本の飲食店に求めているのは、栄養の摂取ではありません。日本という国の文化に触れることです。その期待に対して、料理だけで応えようとするか、空間まで含めて応えるかで、体験の密度が変わります。

そして、体験の質は次の二つに直結します。ひとつは、その場で写真が撮られ、共有されること。もうひとつは、また日本に来たいと思われることです。

どちらも、器としつらえの設計が関わっています。

訪日客が日本に来る理由の一位は、食

まず、この市場の輪郭を確認しておきます。

期待でも、実績でも一位

訪日前の外国人に「日本で何をしたいか」を尋ねた調査で、「日本食を食べること」はおよそ7割の支持を集め、すべての項目の中で一位でした。

そして、実際に日本滞在中に日本食を食べた人は9割を超えています。期待して来て、実際にそうしている。ほぼ全員が通る体験です。

  おおよその割合
訪日前に「日本食を食べたい」と期待していた人 7割程度(全項目中1位)
実際に日本滞在中に日本食を食べた人 9割超
日本食に満足したと答えた人 9割程度

消費の2割強が飲食に向かっている

金額の面でも、飲食は大きな位置を占めます。訪日客の消費全体のうち、飲食費はおよそ2割強。宿泊費と買物代に次ぐ規模です。

国や地域によって傾向は分かれます。買物に多く使う市場もあれば、食を目的に各地を回る市場もあります。後者は滞在も長く、一人あたりの飲食費も高くなります。

満足はしている。けれど、そこで終わっている

ここまでの数字だけを見ると、日本の飲食店は十分にうまくいっているように見えます。9割が満足しているのですから。

ただ、この「満足」の中身を考える必要があります。

満足度を分析した研究では、飲食体験の評価を決めているのは料理の質だけではないことが示されています。サービスの質、その文化が本物であるという感覚、空間の雰囲気、そして器や盛り付けによって加えられる価値。これらが重なって評価が作られています。

料理がおいしいことは、満足の必要条件です。けれど、それだけでは「おいしかった」で終わります。記憶に残り、人に話され、また来たいと思われるところまでは届きません。

もうひとつ、示唆的な数字があります。訪日客のおよそ4割が、滞在中に「日本食ではないものも食べたくなった」と答えています。理由の大半は「食のバリエーションを楽しみたかった」というものです。

つまり、日本食であるというだけでは、滞在中ずっと選ばれ続けるわけではないということです。何が違うのかを示せる店だけが、選択肢に残ります。

競合が語っていない領域

ここで、インバウンド対策として語られていることを整理してみます。

情報は、すでに出揃っている

多言語メニュー、Wi-Fi、キャッシュレス、海外予約サイトへの掲載、地図アプリの整備、口コミ対応。これらについての解説は、探せばいくらでも見つかります。

そして、これらはどれも「来店してもらうまで」の施策です。

来店してからの設計は、誰も書いていない

ところが、席に着いた訪日客が何を見て、何を感じ、何を持ち帰るのかについては、ほとんど語られていません。

この空白は、そのまま機会です。受け入れ体制はどの店も整えつつあります。だからこそ、その先で何を用意しているかが差になります。

そして、その領域で使える道具が、器としつらえです。料理人を入れ替えるわけでも、店を改装するわけでもありません。

「日本らしさ」は、何でできているのか

では、訪日客が求めている「日本らしさ」とは何なのでしょうか。

空間で日本を感じたい人が、7割を超えている

訪日客への調査に、興味深い数字があります。外国人旅行者のおよそ7割強が「日本文化を空間デザインで感じたい」と回答しています。

料理を通じて、ではありません。空間を通じて、です。

海外からの検索動向でも、日本的な静けさを持つ空間への関心が伸びています。過去数年で、この種のキーワードの検索が大きく増えたという報告もあります。

求められているのは、記号ではなく素材と余白

ここで注意が必要です。「日本らしさ」を求められているからといって、わかりやすい記号を並べればよいわけではありません。

着物柄の壁紙、赤い提灯、招き猫。こうした記号的な演出は、かつては歓迎されていました。けれど、いまの訪日客が高く評価しているのは別のものです。

素材そのものの質感と、詰め込まない余白です。

要素 与える印象 飲食空間での現れ方
無垢の木 清らかさ、自然との調和 カウンター、卓、器を置く台。加工されすぎていない表情
和紙 やわらかさ、境界の曖昧さ 敷物、間仕切り、器の下に敷くもの
石・土 重み、時間の蓄積 器の質感、入口や通路に置く要素
余白(間) 精神的なゆとり、贅沢さ 卓上に詰め込まない。器と器の間隔を空ける

高く評価されている施設に共通する言葉

外国人による口コミを分析すると、評価の高い施設のレビューには共通して現れる語があります。木、やわらかさ、静けさ。こうした言葉を含む施設は、平均評価が高い水準にあるという報告があります。

これらはいずれも、足し算ではなく引き算によって生まれる質です。何を置くかより、何を置かないかで決まります。

ここは、日本の飲食店にとって有利な点です。もともと持っている感覚だからです。問題は、それが意識して設計されていないことにあります。

【本題】ユネスコが認めたのは、料理ではなく「しつらえ」を含む文化

ここからが本題です。

登録されたのは、料理名ではない

2013年、「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。この事実は広く知られていますが、何が登録されたのかは意外に知られていません。

登録されたのは、寿司でも天ぷらでもありません。日本人が食に対して持っている精神と、その実践のあり方です。

四つの特徴のうち、三つ目に器が書かれている

登録にあたって示された和食の特徴は、四つです。

特徴 内容
多様で新鮮な食材と、その持ち味の尊重 地理的な多様性から生まれる食材と、素材を活かす調理
健康的な食生活を支える栄養バランス 一汁三菜を基本とし、うま味を活かした構成
自然の美しさや季節の移ろいの表現 旬の食材を用い、季節の花や葉をあしらい、季節に合った調度品や器を用いる
年中行事との密接な関わり 正月や収穫祭など、食を通じて絆を深める社会的な役割

三つ目に注目してください。ここに「器」がはっきりと書かれています。

つまり、器やしつらえで季節を表現することは、和食という文化の付属品ではありません。文化を構成する要件のひとつとして、国際的に認められている要素です。

これは訴求として非常に強い事実です。「うちは季節の器を使っています」という説明が、単なるこだわりの話ではなくなります。

季節を器で示すという技術

では、具体的に何をするのか。基本は、季節ごとに器の性格を変えることです。

季節 器の方向 添えるもの
やわらかい色調、浅めの器 枝もの、若葉
透明感のある素材、涼しさを感じる色 青い葉、水を思わせる要素
深みのある色、土の質感 色づいた葉、実り
厚みのある器、温かみのある質感 常緑の枝、白

ここで大切なのは、料理を変える必要がないという点です。同じ料理でも、載る器が変われば、その季節のものに見えます。

訪日客にとって、この変化は言葉なしで伝わります。いま日本が何の季節なのかを、説明されずに理解できる。これが「本物に触れた」という感覚を作ります。

年中行事は、来店の理由になる

四つ目の特徴にある年中行事も、設計の材料です。

正月、桃の節句、端午の節句、七夕。これらは日本人にとっては当たり前の行事ですが、訪日客にとっては初めて見るものです。

その時期にしか見られない設えがあれば、「いま来てよかった」という感覚が生まれます。一年中同じ景色の店には、この感覚は作れません。

器が、味の評価そのものを動かす

ここまでは文化の話でした。ここからは、器が実際に味の感じ方を変えるという話です。

皿の色で、甘みの感じ方が変わる

オックスフォード大学の研究チームによる実験があります。

まったく同じデザートを、白い皿と黒い皿に盛り分けて提供したところ、白い皿で食べた人のほうが、甘みを一割ほど強く感じ、風味も豊かだと評価しました。料理も量も同じで、変えたのは皿の色だけです。

別の実験では、塩味のポップコーンを赤い器で食べると甘く感じられ、甘いポップコーンを青い器で食べると塩気を強く感じるという結果も報告されています。

人は、目に入った色から味を予測します。赤やピンクからは甘みを、青や白からは塩気を、黒からは苦みを連想する傾向が繰り返し確認されています。

形が、印象を決める

形も同じように働きます。

丸みのある曲線的なものは甘さやおだやかさと、角のある直線的なものは酸味や引き締まった印象と結びつくことが示されています。

デザートを角ばった器で出すことは、意図と逆方向に働く可能性があるということです。

重さが、価値の判断を変える

もうひとつ、実務に直結する知見があります。

見た目は同じで重さだけを変えた器でヨーグルトを提供した実験では、重い器で食べた人のほうが「密度が高く、品質が良く、高価である」と評価しました。好ましさの評価も上がっています。

重さは、手に持った瞬間に伝わります。そして無意識のうちに、中身の質の判断に変換されます。

日本の食習慣では、器を手に持って食べます。この点で、重さの効果は特に大きく働きます。

ざらつきが、味の感じ方を変える

質感も同様です。ざらついた質感のものに触れながら食事をすると、酸味や塩味をより強く知覚する傾向があるという報告があります。

これは、日本の食文化が経験的に見つけていたことと重なります。柑橘の酸味を効かせた料理や、塩で味わう白身の刺身を、あえて土の表情が残る器で出す。この組み合わせが理にかなっていたということです。

器の要素 確認されている働き 設計への使い方
白い背景は甘みと風味を強める。色と味の連想がある 甘いものは明るい器に。味の方向に合わせて背景色を選ぶ
丸みは甘さ、角は酸味・苦みと結びつく 伝えたい印象と形を揃える
重さ 重い器の中身は高品質・高価と判断されやすい 価格帯の高い料理ほど、手に持ったときの重みを確保する
質感 ざらつきは酸味・塩味の知覚を強める 柑橘や塩で味わう料理に、土の表情が残る器を合わせる

これらに共通しているのは、原価をほとんど動かさずに実行できるという点です。食材を変えるわけでも、調理の手数を増やすわけでもありません。

ホテルの朝食は、いちばん見逃されている機会

宿泊施設をお持ちの場合、もっとも大きな機会が朝食にあります。

訪日客が必ず通り、必ず写真を撮る場面

朝食は、宿泊した訪日客のほぼ全員が体験します。夕食は外に出る人が多くても、朝食は館内で取る人が大半です。

しかも、朝食の時間帯は明るく、時間に余裕があります。写真が撮られる条件がそろっています。

それにもかかわらず、朝食会場は運営効率を優先して組まれていることがほとんどです。品数を並べ、補充しやすく、動線が確保されている。運営としては正しい設計ですが、体験としては何も設計されていません。

和の要素を、一箇所に集める

朝食ビュッフェで日本らしさを出そうとすると、和洋を混ぜた構成になりがちです。洋皿の隣に和の小鉢が並び、どちらの世界観も中途半端になります。

有効なのは、和の要素を一箇所にまとめることです。

その一角だけ、器の材質を変え、敷くものを変え、添えるものを変える。会場全体を和にするのではなく、和の島をひとつ作ります。

訪日客はそこに集まり、そこで写真を撮ります。日本にいるという実感が、その一角に集約されます。

小鉢の並べ方で、印象が変わる

日本の朝食には、小鉢が多く登場します。おひたし、煮物、漬物、豆腐。これらの並べ方が、朝食会場の印象を決めます。

同じ大きさの小鉢を等間隔に並べると、整って見える一方で、量感も季節感も出ません。

小さな器を寄せて並べ、高さに差をつけ、間に添えるものを置く。それだけで、同じ料理が違って見えます。品数を増やさずに、豊かさを作る方法です。

時間が経っても崩れない構成にする

朝食会場には、他の食事にはない条件があります。営業時間が長く、その間ずっと料理が減り続けるということです。

開場直後は美しく整っていても、混雑を過ぎた頃には皿が空き、隙間ができます。最後の時間帯に来た宿泊客は、その状態を見ることになります。

対策は二つあります。料理が減っても形が残る器の構成にしておくこと。そして、空いた場所に置くものをあらかじめ用意しておくことです。

ここに配慮できている施設は多くありません。だからこそ、差がつきます。

季節を出す場所として最適

朝食会場は、季節の設えを見せる場所としても向いています。

宿泊客は連泊することもあります。二日目、三日目に少し変化があれば、それだけで印象が変わります。

そして、朝食は毎日提供されるため、設えを変えた効果がすぐに確認できます。試すには最も適した場所です。

余白を、どう作るか

ここまで何度か「余白」という言葉を使ってきました。抽象的に聞こえるので、具体的に整理しておきます。

器と器の間隔を空ける

最も単純な方法は、卓上に置くものの数を減らすことです。

日本の飲食店では、卓の上に多くのものが置かれています。調味料、おしぼり、メニュー、案内、爪楊枝。それぞれに理由がありますが、すべてが常時置かれている必要はありません。

必要なときに出す運用に変えるだけで、卓の上は大きく変わります。何も置かれていない面積が、そのまま質の印象になります。

器の中にも余白を残す

器の中も同じです。料理で埋め尽くされた皿と、余白を残した皿では、受け取られ方が違います。

量を減らすという話ではありません。同じ量でも、置く位置と広がり方で見え方が変わります。

大きめの器の中央に少量を置く構成は、高価格帯の店で使われる典型です。逆に、器いっぱいに盛る構成は、量の満足を伝えます。どちらが正しいのではなく、伝えたいことによって選びます。

色数を絞る

余白は空間だけでなく、色にもあります。

卓の上に多くの色があると、視線が定まりません。基調となる色を決め、差し色を一つに絞る。それだけで、落ち着いた印象になります。

訪日客が評価している日本的な静けさは、この色数の少なさから来ている部分が大きいと考えられます。

文化が違えば、受け取り方も違う

ただし、注意すべき点があります。

すべてが世界共通ではない

色や形と味の結びつきには、人類に共通する部分と、文化によって異なる部分があります。

甘い飲み物を丸い形と、酸っぱい飲み物を角ばった形と結びつける傾向は、複数の文化圏で共通して見られます。一方で、苦みと形の結びつきについては、まったく逆の反応を示す集団があることも報告されています。

つまり、ある設計がどの市場にも同じように効くとは限らないということです。

客層によって、設計を変える

実務的には、どの市場からの来訪が多いかで設計を変えるのが現実的です。

訪日客の嗜好は市場によって明確に分かれます。高価格帯の日本料理を求める層もいれば、大衆的な店を好む層もいます。滞在期間も、一人あたりの飲食費も違います。

店の性格 主に来訪する層 設計の方向
高価格帯の日本料理 食を目的に長期滞在する層 季節の切り替えを明確に。器の質感と重さを重視
中価格帯のレストラン 幅広い層 一点だけ日本的な要素を強く出す。全体は詰め込まない
ホテル内の食事処 宿泊とセットで利用する層 朝食と夕食で設えを変える。滞在中に変化を見せる

自店にどの層が来ているかは、実際の来店実績を見ればわかります。推測ではなく、実際に来ている人に合わせて設計します。

期待は、来日する前に作られている

訪日客が店に着いたとき、その人はすでに期待を持っています。この期待がどこで作られたかを考えると、やるべきことが見えてきます。

予約の前に見られている写真

旅行の計画は、渡航のかなり前から始まります。その段階で見られているのは、店の写真です。

ここで問題になるのが、掲載されている写真の内容です。多くの店は、料理の写真を並べています。それ自体は間違いではありませんが、料理だけでは日本らしさは伝わりません。

器が写っているか。卓の上がどうなっているか。季節の要素があるか。訪日客が知りたいのは、そこに座ったときに何が見えるかです。

期待と実際が一致しないと、評価は下がる

もうひとつ、注意すべき点があります。期待が高すぎても問題が起きるということです。

写真では美しく設えられているのに、実際に行くと何もない。この落差は、最初から期待していなかった場合よりも低い評価につながります。

掲載する写真は、日常的に再現できる状態のものにします。特別な日だけの景色を載せると、その日以外の来店者を失望させます。

だからこそ、日常の設えを整える

ここから導かれるのは単純な結論です。特別な日だけを作り込むのではなく、通常営業の状態を一段上げる。

そのうえで、その状態を撮影して掲載する。期待と実際が一致し、来店した人は「写真の通りだった」と感じます。

この一致が、口コミの評価を安定させます。

撮られる空間の条件

もうひとつ、いまのインバウンドで無視できない要素があります。写真です。

旅行先は、SNSで決まっている

旅行者のおよそ4割が、SNSの投稿を見て訪問先を決めているという調査があります。検索エンジンより先にSNSで調べる、という行動も一般化しています。

そして、訪れた人が撮った写真が、次の来訪者の判断材料になります。この循環が回っています。

ここで大切なのは、これがSNS運用の話ではないということです。店側がアカウントを更新する話ではなく、来店した人が撮りたくなる状態を作るという話です。

何が撮られているのか

訪日客が撮影している対象には、傾向があります。

ひとつは、器と料理の色の対比です。白い余白を大きく取った器の中央に置かれた一品。あるいは、深い色の器に盛られた彩りのある料理。この対比が、写真の中で強く出ます。

もうひとつは、質感です。木目、土の表情、石の粗さ。写真越しでも触った感じが伝わる素材が好まれます。工業製品に囲まれた日常から離れている、という感覚がここに現れます。

三つ目は、季節を示すものです。添えられた枝や葉は、その写真が「いつ」のものかを語ります。その時期にしか撮れないという希少性が、投稿の動機になります。

ビジュアルポイントをつくる

これらを踏まえると、やるべきことは明確です。撮りたくなる一点を、意図して作ることです。

撮影用の看板を立てる、という話ではありません。料理と器の組み合わせ、卓上の一角、入口の設え。日常の営業の中に、自然に写真になる場所を用意しておくということです。

季節感があり、テーマがあり、少しだけ話題性がある。この三つが揃った要素は、頼まなくても撮られます。

ここでも、大がかりな設備は要りません。器の組み合わせと、添えるものと、余白の取り方で作れます。

言葉が通じない場面こそ、設えが働く

訪日客の対応で、現場がもっとも負担を感じるのは言語です。

説明できないことを、見せて伝える

料理の由来、食材の背景、食べ方。伝えたいことは多くありますが、限られた時間と語学力の中で全部を伝えるのは現実的ではありません。

ここで設えが働きます。器と添えるものは、翻訳を必要としません。

季節の枝が添えられていれば、それがいまの季節を語ります。器の質感は、その料理の性格を語ります。言葉での説明がなくても、伝わる部分があります。

スタッフの負担を増やさない

設えの良いところは、一度組んでしまえば人手を要さないという点です。

接客の言葉を増やすには、教育の時間が要ります。多言語の資料を作れば、更新の手間が続きます。設えは、その日の朝に整えれば、営業時間中ずっと働き続けます。

人手が足りない現場ほど、この差は大きくなります。

誤解を生まない範囲で使う

ただし、注意も必要です。宗教上の理由や食習慣によって、避けられる素材や表現があります。

特定の動物をかたどったもの、宗教的な意味を持つ図案などは、意図せず不快感を与えることがあります。迷う場合は、季節の植物や自然の素材に寄せるのが安全です。

この点は、実際に来店されている層を把握したうえで判断されることをおすすめしています。

やってはいけないこと

日本らしさを出そうとして、かえって評価を下げてしまう例があります。

全部を和で埋める

いちばん多いのがこれです。壁も、器も、敷物も、添えるものも、すべて和で統一する。

意図はわかりますが、密度が高すぎると、かえって作りものに見えます。訪日客が評価している日本的な質は、詰め込まれていないことから生まれています。

和の要素は、絞ったほうが強く出ます。一点に集めて、周囲は静かにする。この構成のほうが伝わります。

説明を貼りすぎる

器や食材の由来を説明したいという気持ちから、卓上に案内を置く店があります。

情報としては親切ですが、紙が増えるほど卓の上は雑然とします。そして、多言語で用意すると枚数はさらに増えます。

説明が必要な場合は、置く場所を一箇所に決めます。卓の上ではなく、入口や壁面など、視界の邪魔にならない場所です。

その店の性格と合わないものを足す

洋食の店に、突然和の器を持ち込む。カジュアルな店に、格式の高い設えを入れる。

こうした足し算は、ちぐはぐな印象を生みます。訪日客も、その違和感を感じ取ります。

大切なのは、いまの店の性格の中で、どう日本的な要素を扱うかです。別のものになろうとする必要はありません。

写真映えだけを目的にする

撮られることを意識しすぎると、実用性が落ちます。持ちにくい器、食べにくい盛り付け、邪魔になる装飾。

撮られる状態は、結果として生まれるものです。目的にすると、体験そのものが損なわれます。

季節ごとに入れ替えるという運用

ここまでの話は、一度整えて終わりにはできません。季節を示すという性質上、変え続けることが前提になります。

一巡させると、資産になる

四季に合わせて年4回、器と設えの構成を切り替える。これが基本形です。そこに、年中行事に合わせた短期の設えを重ねます。

一年続けると、四通りの構成が手元に残ります。翌年からは、それを土台に微調整すればよくなります。

訪日客にとっても、この変化は意味を持ちます。前回とは違う季節に来れば、違う景色がある。再訪の理由がひとつ増えます。

買わずに借りるという選択

現実的な問題として、季節ごとの設えを揃えると費用がかさみ、使わない時期の保管場所が必要になります。

バックヤードに余裕のある店は多くありません。そして、しまい込んだものは翌年には傷んでいることがあります。

この問題に対しては、季節のものをレンタルで運用する方法があります。必要な期間だけ借り、終われば返す。保管も、買い替えの判断も不要になります。

毎年同じものを出すのではなく、その年に合ったものを選べるという利点もあります。

入口で、何を見せるか

卓上の話をしてきましたが、訪日客が最初に判断する場所は入口です。

通りすがりに判断されている

予約せずに歩いて店を探す訪日客は少なくありません。その人たちは、店の前を通りながら数秒で判断しています。

ここで見られているのは、看板の文字ではありません。多くの場合、読めないからです。見られているのは、店の入口が何でできているかです。

木の質感があるか、季節のものが置かれているか、詰め込まれていないか。この三点で、その店が本物かどうかが判断されます。

入口は、季節を見せるのに最適な場所

入口は、店の中でもっとも人目に触れる場所です。そして、面積は小さくて済みます。

卓上の設えを全席分そろえるより、入口一箇所に集中させるほうが、少ない投資で印象を作れます。

季節ごとに入口の設えを変えるだけで、通りかかった人に「いまの季節」が伝わります。店内を変えなくても、店の印象は変わります。

待ち時間は、体験の一部

人気のある店では、入口に待ち列ができます。この時間は、多くの場合、放置されています。

待っている人の視界に何があるか。ここに要素を置くと、待ち時間の感じ方が変わります。そして、その時間に写真が撮られます。

列に並んでいる間に撮られた一枚が、次の来訪者を呼ぶこともあります。

何から手をつけるか

すべてを一度に変える必要はありません。順序があります。

いま持っている器を、並べてみる

最初にやることは、在庫の確認です。多くの店は、すでに十分な数の器を持っています。使われていないだけです。

並べてみると、同じ色・同じ質感のものが多数を占めていることに気づきます。統一されていること自体は悪くありませんが、それだけでは季節が出ません。

一点だけ、質感の違うものを入れる

全体を入れ替えるのではなく、一点だけ違うものを差し込みます。土の表情が残る器を一枚、あるいは透明感のある器を一枚。

異なるものが一つあると、卓に焦点が生まれます。この効果は、器を全部そろえ直すより大きく出ます。

添えるものを決める

次に、季節を示すものを決めます。枝でも葉でも構いません。大きなものである必要はなく、一枝で十分です。

ここまでで、季節の設えとしては成立します。買い足しを検討するのは、この後です。

一年の設計を、先に決めておく

季節ごとに入れ替えると決めても、その都度考えていては続きません。年間の計画を先に作っておくと、運用が軽くなります。

切り替えの日を決める

まず、年に何回、いつ切り替えるかを決めます。四季に合わせて4回が基本形です。

切り替えの日を暦の上で先に決めておくと、準備の逆算ができます。前の週に用意し、営業終了後に入れ替える。この段取りが決まっていれば、当日の作業は短時間で済みます。

行事を重ねる

四季の切り替えに加えて、年中行事を重ねます。正月、桃の節句、端午の節句、七夕。それぞれ数週間の短期です。

訪日客にとって、これらは初めて見るものです。その時期にしか見られないという事実が、来店の理由になります。

記録を残す

切り替えるたびに、整えた状態を撮影して残します。特別な機材は要りません。

一年続ければ、四季分の記録が手元に残ります。翌年からは、それを土台に微調整すればよくなります。ゼロから考える必要がなくなるということです。

そして、この記録は掲載する写真としても、提案の材料としても使えます。

FSPJができること

ここまでお読みいただいて、必要なのは大きな改装ではないとお感じいただけたのではないでしょうか。

食空間プロジェクト株式会社(FSPJ)は、「食空間」という言葉そのものを商標登録し、この一語にこだわり続けてきた専門のコンサルティング会社です。

ホテル・レストラン・ラウンジの運営会社に向けて、卓上の設えやビュッフェ台、季節の演出を軸としたビジュアルブランディングを行っています。壁紙や家具の全面改装ではなく、1日から半日程度で完了する軽量な演出を強みとしています。営業を止めずに変えられる範囲が、思っているよりも広く残されているためです。

100名を超えるコーディネーターのネットワークを持ち、現場に足を運んで、その空間だからこそ映える見せ方を一緒に考えることを大切にしています。

訪日客の来店は増えているが、何を用意すればよいかわからない。器はあるが、組み合わせ方が決まっていない。季節ごとの入れ替えを続ける体制がない。こうした段階でのご相談を承っています。

よくある質問

Q. 和食店ではありませんが、日本らしさを出す意味はありますか

A. あります。訪日客が求めているのは料理のジャンルではなく、日本にいるという実感です。洋食であっても、器の質感や季節の添え物で日本的な要素を加えることはできます。むしろ、料理と器のずれが印象に残ることもあります。

Q. 器を一式そろえ直す必要がありますか

A. 必要ありません。まず、いまお持ちの器を並べて組み合わせを見直すところから始めることをおすすめしています。足りない要素は、並べてみて初めてわかります。

Q. 季節の入れ替えは、現場の負担になりませんか

A. 年間の設計を先に決めておけば、当日の作業は入れ替えるだけになります。何をいつ出すかが決まっていない状態で毎回考えることが、いちばんの負担になります。

Q. 効果はどう測ればよいですか

A. 集客数での効果を約束することはできません。実務的には、口コミに書かれる内容がどう変わったか、写真がどのくらい撮られるようになったかといった形で確認されることが多くなります。

Q. 多言語対応やWi-Fiより先に取り組むべきですか

A. 順序としては、受け入れ体制が先です。注文ができない、支払いができないという状態では、体験の設計以前の問題になります。ただし、そこが整った後は、体験の設計が差になります。

Q. どの国からのお客様に合わせるべきですか

A. 実際に来店されている層に合わせるのが確実です。推測ではなく、直近の来店実績を見て判断されることをおすすめしています。

Q. 朝食ビュッフェから始めるのは有効ですか

A. 有効です。宿泊された訪日客のほぼ全員が体験する場面であり、明るい時間帯で写真も撮られやすくなります。毎日提供されるため、設えを変えた効果をすぐに確認できるという利点もあります。会場全体ではなく、和の要素を一角にまとめる構成をおすすめしています。

Q. 掲載している写真も見直したほうがよいですか

A. はい。訪日客は来店前に写真で期待を作ります。ただし、特別な日だけの景色を掲載すると、通常営業で来店された方を失望させます。日常的に再現できる状態を整えてから、その状態を撮影されることをおすすめしています。

Q. 訪日客向けに整えると、国内のお客様には響かなくなりませんか

A. そうはなりません。季節が示されていることや、器と料理の組み合わせが整っていることは、国籍を問わず伝わります。むしろ日本のお客様のほうが、季節の細かな違いを受け取れます。インバウンド専用の施策と違い、市場が変動しても価値が残る点も利点です。

Q. 記号的な日本らしさは避けたほうがよいのでしょうか

A. 避けるべきというより、それだけにしないほうがよい、というのが実際のところです。わかりやすい要素は入口としては機能します。ただ、記憶に残るのは素材の質感や余白のほうです。両方を使い分ける設計が現実的です。

国内のお客様にも、同じことが起きる

ここまで訪日客を前提に書いてきましたが、この設計は国内のお客様にも同じように働きます。

季節が示されている店は、日本人にとっても魅力的です。むしろ、季節の細かな違いがわかるぶん、受け取れる情報は多くなります。

器の色や重さが味の感じ方を変えるという働きにも、国籍は関係ありません。訪日客のために整えた設えは、そのまま国内のお客様への価値になります。

この点は、投資を判断するうえで重要です。インバウンド専用の施策は、その市場が縮んだときに無駄になります。器としつらえの設計は、そうなりません。

まとめ

インバウンド対策として語られていることの多くは、来店してもらうまでの話です。そして、その領域はどの店も整えつつあります。

差がつくのは、席に着いた後です。

訪日客が求めている「日本らしさ」は、記号ではありません。素材の質感と、詰め込まない余白と、季節が示されていることです。そして器で季節を表すことは、和食という文化を構成する要件として国際的に認められている要素でもあります。

器の色、形、重さ、質感は、味の感じ方そのものを動かします。料理を変えなくても、受け取られ方は変えられます。

いまある器で、何が組み替えられるのか。その見立てから始めてみてください。

▶ 食空間プロジェクト株式会社(FSPJ)へのご相談はこちら:https://www.fspj.jp/contact/business_contact.html

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